北里大学医学部3年
根本昂季 さま
2026年3月9日から12日までの4日間、私は沖縄にある「いきがい在宅クリニック」で実習をさせていただきました。
この実習のきっかけは、昨年の秋に遡ります。私の師匠である小澤竹俊先生(めぐみ在宅クリニック院長)から「一緒にご飯に行ってきなさい」と背中を押され、関東に学会発表で来られていた長野宏昭先生(いきがい在宅クリニック院長)と出会いました。
当時、私は「ユニバーサルホスピスマインド(苦しんでいる人の力になりたいと願う心)」を学び始めたばかりでした。長野先生の学生教育や在宅医療への熱い思いに触れ、「小澤先生以外の先生が、このマインドをどう解釈し、臨床で体現しているのかを自分の目で見たい」と強く思い、沖縄に行くことを決めました。
クリニックに足を踏み入れて、まず驚いたのはその「居心地の良さ」です。フィンランドの家屋を範にとり、中庭では沖縄特有のシダ植物が茂るその空間は温かく、穏やかでした。
3階建ての建物は、1階がコミュニティスペース、2階がホスピス、3階が在宅の事務所になっており、2階のホスピスのコンセプトは「家」、スタッフの皆さんの合言葉は「ただいま、おかえり」です。
食事が好きな時間に摂れる、薬ケースは部屋に馴染むようなデザインにするなど、例え自宅での療養が難しくなっても、この場所が患者さんにとって「家」であり続けられるような工夫が随所にありました。スタッフの方々の温かく、せわしなさを感じさせない和やかな空気の中に身を置くと、患者さんたち「今、幸せです。皆さんが良くしてくださるから」と微笑む理由が、肌で感じられました。
<いきがいの家の様子>

長野先生の診療は、「どこが辛いですか?」という「病気」をみることではなく、「最近どうですか?」など「その人」を見ることから始まります。常にその方の「人生」へ敬意を持たれ、「昔はどんなお仕事を?」「ご家族は〇〇さんにとってどんな方ですか?」といった対話をされていたのが、印象的でした。中でも、パーキンソン病の影響で身体が思うように動かず、「もう一度歩きたい」と、切望する患者さんへの関わりが深く印象に残っています。
医学的には「歩くこと」は難しい状態。しかし先生はそれを「難しいです」と否定するのではなく、 「もう一度歩きたいんですね。応援します」 丁寧に反復し、その願いをそのまま受け止めていました。その瞬間、患者さんの表情は穏やかになったように感じます。たとえ自分の足で歩くという自由が奪われていても、「理解者(支え)」がいることで人は穏やかに生きていける。ユニバーサルホスピスマインドがもつ可能性を、先生の背中から学ぶことができました。
実習期間中、元医師である患者さんの「お迎え」も経験しました。2日目に学生時代の思い出を、楽しそうに語ってくれたその方が、4日目の朝、息を引き取られました。第一発見者となった私が目にしたのは、薄暗い部屋で、強く引かれ外れたベッドサイドのカーテンレールでした。最期の瞬間の苦しさを物語るような凄惨な様子と相対して、眠っている患者さんからは熱が失われ、先ほどまでそこにあったであろう何かがぽっかりと抜け落ちてしまったような「空っぽの空間」を見て、私はただ言葉にできない寂寥感に立ち尽くし、呆然としていました。
長野先生は「早かったよ……」と、長年の闘病を労うようにその方に声をかけました。ご家族に対しても、これまでの看病の苦労を丁寧に聞き、「〇〇さんはご家族のおかげで穏やかに旅立たれたと思います」と伝えました。患者さんの人生に最大限の敬意を持ち、ご家族に対する深い労いと慈しみで締めくくる姿に、人生を看取る主治医としての責任を感じました。
乳がん末期でホスピスに入居されていた患者さんと、2日目にお話しする機会がありました。私は長野先生の見よう見まねで、その方の手を取り、目を見て質問を投げかけました。
「〇〇さんにとって長野先生はどんな先生ですか。」患者さんは笑いながら、「どんな先生かって聞かれてもわからないよ。」続けて、「でも、先生に話したいことはいっぱいあるんだけどね。」と仰いました。
私が「どんなことを話したいんですか。」と聞くと、「どんなことって言われてもわからないよ。」と少し困ったように答えてくれました。去り際の患者さんの寂しそうな顔に、私は咄嗟に「また会いに来ますね」と言ってその方の元を去りました。
冒頭私は4日間の実習と書きましたが、実はこの実習は当初3日間の予定でした。3日目の夕方、帰路につくため空港へ向かいながら、もう会うことがないであろう患者さんに「また会いに来ますね」などと声をかけてしまったことを強く後悔しました。空港に到着し、チェックインしようとした時にとんでもないミスに気が付きました。出発の日付が次の日でした。 ついうっかりというミスはよくあることなのですが、まさか飛行機の予約を間違えるとは思いもせず、途方にくれました。泣く泣く長野先生に電話をし、もう1日、クリニックで受け入れてもらえることになりました。その晩、私は夜勤の見学をさせていただくことになり、真っ先にその患者さんの元へ向かいました。
「また会えましたね」 と手を取ると、患者さんは「手、あったかいね」と喜んでくださり、地元の話などで談笑しました。しかしその時、隣の部屋で元医師の患者さんの容態が急変します。バタバタ駆けつけるご家族の姿を見て、談笑していた彼女は不安そうに私に問いました。「あの方たちは、だれ?」私は守秘義務から「誰でしょうね、わからないです」と答えました。彼女の顔に不安が募っていくのが分かりました。やがて夜が更け、看護師さんがその方を寝室へ諭したとき、私は良かれと思って声をかけました。
「明日も、また会いに来ますね」 すると、彼女から返ってきたのは、想像もしなかった言葉でした。「もう来ないでほしい。だって、あなたにはわからないから」その一言に、私は凍りつきました。
昨年秋から5ヶ月間、ユニバーサルホスピスマインドを必死に学んできたつもりでした。自分も少しは患者さんの気持ちがわかるようになったんだと、無意識のうちに思い上がっていたのです。「何も理解できていなかった」その夜のショックは、これまでの実習で一番の衝撃でした。私の「患者を理解できている」という慢心が打ち砕かれたような思いでした。
私は、あの患者さんのおっしゃった「あなたにはわからない」という言葉を、忘れることはできないと思います。3日目の夜、クリニックへ引き寄せられたのは、「わかったつもり」になっていた自分をもう一度見つめなおし、本当の意味で患者さんの傍らに立つために患者さんがくださったメッセージなのだと思います。
患者さんのことをすべて理解することはできません。だからこそ、「何もわからない」という自覚から、もう一度学び直し、またここに来たいと強く思っています。
下の写真は琉球大学でユニバーサルホスピスマインドを学ぶサークル「ヨリドコロ」の皆さんと県立看護大学「ホスピスマイル」の皆さんとの交流会の様子です。このマインドを学ぶアツい仲間が全国にいることを再認識するとともに、それぞれの活動にかける思いに心温まる思いでした。
沖縄の温かなスタッフの方々、長野先生、そして大切な教えをくださった患者さんに、心より感謝を申し上げます。


根本さんは以下のnoteでもご自身の体験を綴られています。
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